更新 : 2004年 8 月 7 日


2003−11−29 (土)

今日はいよいよ、ワインの町エゲルを経由してミシュコルツへ向かいます。
昨夜、一人でドイツを回ってきたMさんが合流、そして今朝はSさん、Mさんも合流して、今回の参加者全員が揃いました。
ホテル「タベルナ」はまた、帰りに利用するのですが、取り敢えず出発のための朝食です。
バスは市街を離れ、主要高速道路M3に入り一路、東を目指して快走します。
あいにくの雨模様ですが、それほどひどくはありません。
全員が揃ったと言うことで、相原さんから今回の演奏旅行が実現するに至ったまでの経緯を説明してもらいました。
また、今回の演奏曲をテープで流しながらそれぞれがレッスンを行いました。
途中、ガソリンスタンドで休憩を取りましたが、ここでハンガリー全土(500Ft)とミシュコルツ(400Ft)の地図を購入しました。

@ayu
「エゲル城」

ブダペストから約2時間、午前11時過ぎにエゲルに到着。エゲル城の近くまでバスで行き、そこからは徒歩で観光です。
バスを降りたところを鉄道が横切っており、すぐ近くに「エゲル城駅」があります。残念ながら、エゲルにいる間には列車を見ることはできませんでした。
さて、エゲル城は城郭程度しか残っていませんが、1552年に、1万を超えるトルコ軍の攻撃に対して、城主ドボー・イシュトバーンのもと、城に立てこもった2千人のハンガリー人が1ヶ月もの戦いを続けて追い返してしまったとのことです。
しかしその後、1596年に二度目の攻撃を受けてついに敗れてしまうのですが、それまでエゲルの町を守ったイシュトバーンは国民的ヒーローとして称えられています。
エゲル城からは市街が一望できます。
眼下ですぐ目に付くのが聖フランシスコ派修道士教会と市庁舎、そして一本のミナレット、少し遠くには大聖堂が堂々とした姿を見せています。
あまり大きくはないのですが、煉瓦色の屋根が続くさまはヨーロッパの歴史と美を感じます。
石畳が続くエゲルの町は、雨上がりとあってしっとりとしています。
エゲルと言えばワインセラーが並んでいる「美女の谷」が有名ですが、町中にもワインを売っている店はあります。
自由行動になるとさっそく、店に入って試飲を始める人もいました。後で味を聞いてみると、店の女のひとがきれいだったとのことで、あまり利き酒にはならなかったようです。
昼食場所のレストランに移動しようとしましたが、お土産物店に入った一団がなかなか出てこず、見通しの利く範囲で辻々に道案内を残し、本体は移動しました。
これもあとで聞いてみると、なんとも丁寧に、しかもゆっくりと包装をしてくれたため、レジを通るのに時間がかかったそうです。
エゲルの大聖堂を出て、参加者全員(撮影者を除く)で記念撮影です。
但し、後ろの塔は大聖堂ではありません。

因みに大聖堂は当初、エゲル城と同じ丘の上に建てられていましたが、トルコ軍の襲撃で破壊され、1836年に今のところに再築されたそうです。
「白い鹿」というレストランで昼食。
壁には古い銃や猟の成果などがかかり、ピアノの演奏が流れるなかでのゆっくりとした食事でした。

メニュー
猪肉のスープ、ハンガリー風のヒレ肉、サワーチェリー、それにコーヒー

もちろん、ビールやワインを追加でいただきました。
食事が終われば再び、ミシュコルツに向けて出発です。
ミシュコルツはハンガリー北東部の山岳地方にあり、人口が約18万人のハンガリーで3番目に大きな都市です。工業都市(特に鉄鋼業)として発達し、ミシュコルツ工科大学も設置されています。しかし、共産主義の崩壊に併せて工業活動も衰退し、多くの失業者を生み出しました。
市内には歴史を語る古城や教会もあり、洞窟温泉でも有名です。


@ayu
何故ミシュコルツが選ばれたかというと、今回のお世話をして下さっているシュディ・エリカさんの生まれ故郷であり、是非、故郷で歌っていただきたいという思いがあったものです。
夕暮れの迫る頃、ミシュコルツの市街に入りました。ハンガリー第3の都市と言うわりには落ち着いた感じを受けます。
ホテルに向かうため町を少し外れると、高層アパートが建ち並んでいます。
しかし、マンションというたたずまいではなく、低所得者向けの集合アパートという感じです。
今日の宿泊はリラフュレドにある「お城ホテル」です。
市街を抜けて谷に沿ってしばらく登ると、バスがやっと一台通れる程のトンネルがあり、それを抜けるとホテルが見えてきます。
ネオルネッサンス様式といわれるこのホテルは1930年に建てられたもので、いろいろな建物で構成されており、部屋もそれぞれ違っています。
ツインが基本ですが、ある男性二人の部屋はダブルに近かったそうで、喜んでおりました。
チェックインを済ませてロビーを見てみると、案内板に今回のコンサートのお知らせが載っていました。
森先生のお名前が「mitsuko」になっていますが、「michiko」の誤りです。
氏名の連絡は全てローマ字表記で行っていましたが、その他の資料をお送りしたときに、日本語表記のものを日本語の読める方が読み間違えたようです。
それぞれの部屋で小休止の後、ホテルの部屋を借りて練習です。
周りの迷惑にならないようにと離れた部屋を借りたのですが、窓を閉め切っておくと暑いほどです。
休憩の時はすぐ外のテラスに出て外気に当たりましたが、真っ暗な谷から吹き上げてくる風が心地よく感じられるほどでした。

1時間半ほどの練習の後、夕食を摂っているとガイドのアティラさんに電話が入りました。
このあと、バルトーク合唱団との顔合わせと合同練習を予定していたのですが、その1時間以上前から準備をして待ってくださっているとのことです。




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