更新 : 2004年 3 月 21 日


2003−11−27 (木)

「ホテル・ヤルタ・プラハ」の正面です。

今日はブダペストへの移動だけであり、朝は少しゆっくりとなりました。
このため、三々五々、プラハの町の散策に出かけたようです。
ただ、今朝はガスがかかっており、旧市庁舎屋上の展望台が良かったと言うことを聞いて出かけた人も、全然見えなくて登るのをあきらめたようです。
やはり、一期一会です。
「プラハ中央駅」

ホテルから歩いて10分ほどのところにあります。ヨーロッパの駅は改札が無く、ホームはおろか、列車内まで自由に入れます。
もっとも、車内での検札は非常に厳しく、違反があれば高額の罰金を科せられるようです。

この駅もヨーロッパの典型的な建物で、霧の中に列車が発車していくのはなかなか旅情をそそるものがありました。
10:30 ホテルをチェックアウトし、バスでプラハ国際空港に出発しました。
ところが、バスに乗り込んだ途端、カメラが無いという人が現れて急いでホテルに戻ったのですが、結局不明でした。
実は後でもう一人、このホテルでカメラが無くなったという話を聞いたのですが、そのときは何も言わなかったため対処のしようがありませんでした。

ただ、朝食に行って帰ってみると部屋が片づけられていたということで、どうもホテルの従業員が怪しかったのかもしれません・・・・
プラハ発 12:35 (OK390便) →
13:35 ブダペスト着

チェックインはプラハのガイドをして下さった佐藤さんがまとめて行って下さったのですが、えらく時間が掛かりました。
そのことが後で起こるもう一つのトラブルの原因だったかどうかはわかりませんが、どうもこれも怪しかったようです。

飛行機に搭乗する頃になると、それまでの霧も段々とあがり、青空が見えるようになりました。
航空機まではゲートからバスで移動するのですが、最初のバスが行ったまま、いつまでたっても次のバスが来ません。10名ほどが取り残されてしまったのですが、ゲートの職員もあわてる様子もなく、のんびりと待っています。
10分ほど待たされてやっと機内に入ったのですが、今度は離陸するまでまた、10分以上待たされました。
結局、離陸したのは定刻より30分も遅れた14:05でした。
飛行機はプラハからブダペストへ、右手にアルプスを見ながら東に飛びます。
あいにくの雲でしたが、遠くに蒼く横たわるアルプス(?)を望むことができました。
たった1時間のフライトですが、サンドイッチと飲み物のサービスがあり、迷わずピルスナービールを注文しました。

「ブダペスト空港」

14:10 30分遅れでブダペストの到着しました。
ポーターが荷物を運ばないかとやってきましたが、手配したガイドがいるはずで、全員が自分でトランクを押してロビーに出ました。
そうこうするうちにガイドのアティラさんい会うことができましたが、どうも先ほどのポーターが手配していたポーター達だったようで、バスの横で苦笑いをしておりました。
バスには「伊野町合唱団」と書かれており、感激です。
Hotel TAVERNA(ホテル・タベルナ)」

バスで30分ほどで、今日の宿泊ホテルに到着しました。
飛行機の便が昼食時に当たるということで、昼食を手配していました。
ところが飛行機が遅れてしまったため、なんとも中途半端ですが、取り敢えずチェックインしてから歩いてすぐのところにあるイタリアンレストランで昼食となりました。
料理はおいしいパスタだったのですが、昼食というより早い夕食という時間(16:30)になってしまいました。
この写真では明るく撮れていますが、実はひどく暗いレストランでした。間接照明でいい雰囲気なのですが、目が慣れるまでしばらく時間が掛かりました。

このあと17時に、今回の演奏旅行をアレンジして下さったシュディさんとホテルで会うことになっていたのですが、とても間に合いません。
ガイドのアティラさんが携帯電話で連絡を取って下さったのですが、ブダペストも携帯電話の普及が進んでいるようです。
もっとも、形状は以前のボタンが直接出ているタイプで、折りたたみではありませんでした。
大急ぎでホテルに戻り、1時間遅れのミーティングとなりました。
シュディさんとは5月にお会いして以来でしたが、私たちがブダペストにやってきたことを大変喜んで下さいました。

その後、これからの日程やコンサートに向けての打ち合わせを行いましたが、ご自身で打ち合わせ、調整も行って下さっており、改めて感謝する次第でした。
ホテルの喫茶でコーヒーを注文したのですが、出てきたのが濃いカプティーノです。
普通(?)のコーヒーはロング・コーヒーといわなければならないようですが、ハンガリーで飲んだのは結局、カプティーノばかりでした。
20:00 後発組が到着

今回の旅行では、2日遅れで直接、ブダペストに入る後発組が7名いたのですが、遅い夕食を摂りに出ようとロビーに集まったところで彼らが到着しました。

このとき、先に到着した団員のトランクの鍵が開かなくなったというトラブルが発生しました。ダイヤルロックのものですが、どうしても開かなくなり、ホテルに頼んでロックを壊してもらいました。
トランクの中身には異常がなかったのですが、プラハの空港で何かあったのではないかと疑ってしまいました。

@ ayu
夕食はホテルから歩いてすぐのハンガリー料理のレストランでした。
パプリカがテーブルに出され、自分でちぎって料理に掛けるのですが、あくまでも唐辛子ですのでほどほどにしないと大変です。
もっとも、号にいれば郷に従えで、そんなに辛いものではありませんでした。

実は、後発組は夕食無しにしていたのですが、シュディさんが手配してくれており、少し遅れて合流しました。
まだ、独自行動の数名がいるのですが、やっと人数も揃ってきました。

>メニュー
地中海サラダ、赤ワイン風味の牛肉、フルーツサラダ

@ ayu
このレストランも民族音楽の演奏をしいてくれました。チェンバロを主体に、バイオリンがそれに絡み合います。
日本人となるとやはり「スキヤキ(上を向いて歩こう)」を演奏してくれます。
ここのバイオリニストはチップ目当てに、耳元まで近づいて聞かせてくれるのですが、こっちも慣れたもので適当に無視しておりました。
せっかくのパフォーマンスですが、あまり度が過ぎると辟易します。

今日は食べた一日でした。




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