| 伊野町混声合唱団 第2回ドイツ演奏旅行の記録−13 |
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1999年12月9日 (木) ゲトライゼ小路。ザルツブルグの町並みを象徴する通り。車がやっとすれ違いできるほどの通路に金属細工の看板が張り出している。 |
| ゲトライデ小路と平行に走る向こう側の通りを結ぶ通路。と言っても店の入り口が両側にあり、それをまっすぐに通る連絡道のようなもの。両側に商店のディスプレーが並んでいる。 |
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岩山をくりぬいて造られている。中になにがあるのかは聞き漏らしたが、戦時中には防空壕として、今も核兵器戦争の待避所として考えられているとのこと。 |
| モーツァルトの生家からマックス・ラインハルト広場を通り、ザンクト・ペーター教会に入る。ちょうど11時のを告げる教会の鐘が鳴り響いていた。 |
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冬はほとんどの像がこのような雪除けのカバーを掛けられている。この像の向こう側から手前の大聖堂(ドーム)を望むと、マリア像の頭の上に大聖堂正面の天使像が王冠を載せるように見えるとのこと。 |
| 子どもたちの服装はカラフルだ。保育園の子どもたちであろうか、楽しそうに堂内に入るのを待っていた。 |
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ザルツブルグ大聖堂。建立以来、三度の災禍を受けてその都度再建されている。堂内は自由に拝観できる。 過日のケーブルカー事故での追悼ミサがここで行われた。 |
| 大聖堂のなかで歌う。正面に向かって左手にこのような雛壇が準備されており、許可を得て歌うことができる。 このときも沢山の参拝者の前で「聖夜」とブルックナーの「Locus iste」を歌った。 |
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モーツァルト小橋。ザルツァッハ川にはいくつかの橋が架かっているが、この橋にはモーツァルトの名前が付けられている。 |
| 冬場でも観光客は多い。ただ、12月になると閉館となる施設も多く、観光できるスポットは限られてくる。そのかわり、クリスマスマーケットがどこでも開かれており、それを見るだけでも楽しいし、街全体がクリスマスに向かって飾り立てている。 | ![]() |
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ザルツブルグを後にし、「聖しこの夜」が生まれた街・オーベルンドルフに向かう。木々には枯れ葉が目立つが、牧草は緑に輝いている。 |
| ザルツブルグからオーベルンドルフに向かっては単線の鉄道も走っている。 | ![]() |
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オーベルンドルフの礼拝堂。 元々は教会があったとのことであるが、ザルツァッハ川の氾濫で流されてしまい、今はこの礼拝堂が建てられている。12月24日には世界中から沢山の人が集まり、「聖しこの夜」を合唱するという。 |
| オーベルンドルフの礼拝堂のすぐ近くをザルツァッハ川が流れており、この川の向こうはドイツ領である。 | ![]() |
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15:30、オーベルンドルフから一度ザルツブルグに戻り、アウトバーンに乗ってドイツ・ミュンヘンに向かう。ホーエンザルツブルグ城が街を見下ろすように佇んでいる。 |
| オーストリア・ドイツ国境。 EU統合を受けて国境としての機能は無くなってしまった。せれまではこの建物で国境通過の検問が行われていたが、いまは何もしないでそのまま走り抜けてしまう。 |
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