伊野町混声合唱団
第2回ドイツ演奏旅行の記録−8

2003 年 1 月 13 日 更新


1999年12月6日 (月)

演奏会が終われば帰国するB班、D班のメンバーが、まだ夜が明けきらないなか、一足先にデュッセルドルフ空港へ出発。
その後、残りのメンバーもデュッセルドルフ空港へ向かうのだが、彼らが天候によるアクシデントで足止めをされていたことなど、知る由も無かった。
出発の時間に会わせて、パラント氏を始め沢山の Abteichor の方々が見送りにきて下さった。
そして、パラント氏より「次は日本に行きます」とのうれしい挨拶をいただく。
新装なったデュッセルドルフ空港から一路ウィーンへ。
このころ先発した帰国メンバーは、フランクフルトで乗り継ぎの便に間に合わず、やりくりにおおわらわで有ったとのこと。
それでも言葉達者な若者の活躍で、半日遅れの帰国となったようである。
ルフトハンザ航空LH3714便でウィーンへ。
眼下にドナウ川が流れる。
オーリトリアのウィーンは夕暮れ前の青空が広がっていた。いく筋も交差する飛行機雲が印象的である。
「ルネッサンスホテル」にチェックインし、夕食の後、シェーンブルン宮殿で開かれるミニコンサートを鑑賞する。
全員が地下鉄で往復したが、改札も検札もなく、切符は買っただけという格好であった。
1999年12月7日(火)

ウィーン市内を観光。ここはハプスブルク家の夏の宮殿「シェーンブルン宮殿」
マリア・テレジアがこよなく愛したというこの宮殿は、1,440の部屋が有るといい、内部はガイド付きで案内してくれる。もっとも、個人の場合は日本語のガイドテープみたいな器具を借りることが出来る。
王宮庭園の向こうの高台にに「グロリエッテ」が見える。
この庭園には色とりどりの花が植えられているとのことだが、12月は芝生だけ、花の植えられる部分は黒い土が顔を見せていた。
庭園から宮殿を望む。
今日も素晴らしい青空が広がっている。
オイゲン公の夏の宮殿「ベルヴェデーレ宮殿」
正面の池に全景が映り、シンメトリーな美しさを演出している。また、この向こう側にはウィーンの町並みが広がり、「美しい眺め/ベルヴェデーレ」の名前の由来と言われている。
ベルヴェデーレ宮殿のそばに、アントン・ブルックナーが過ごしたという建物があり、そのレリーフの前で「Locus iste」を合唱する。
できは今ひとつであったが、立ち止まって聴いてくれた人たちから拍手をもらう。
昼食の後、市内から少し走ったハイリゲンシュタットへ。ベートーベンが暮らした町の地図で観光地を案内してくれる。
この辺りはベートーベンの散歩道。
ベートーベンに関する建物は、入り口にこのような旗と看板が掲げられている。
段々と耳が聞こえなくなっていたベートーベンが、この窓から見える教会の鐘が鳴らなくなった(聞こえなくなった)ので絶望したという。
ここは、ベートーベンの資料が展示されている。
ベートーベンの散歩道で見かけた女の子。




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