伊野町混声合唱団
第2回ドイツ演奏旅行の記録−4

2003 年 1 月 13 日 更新


1999年12月4日(土)

ケルン観光から戻って教会での本格的な練習。午後2時過ぎより4時まで我々だけの時間をもらう。
教会での練習も2日目となると少し余裕が出てくる。声の通りも良くなり、言葉がはっきりしてきた。お昼のソーセージとビールが少しは景気づけしているのか。
事前の話では、バッハのカンタータ、及び「アベ・ベルム・コルプス」にパイプオルガンの伴奏をお願いしていたが、パラント氏がオルガンとともに弦楽とラリネットの伴奏まで手配してくれていた。
パイプオルガンの伴奏だけでもすごいことなのに、プロ級のクインテットの伴奏に全員が歓声をあげる。パイプオルガンと弦楽を伴奏に合唱ができるなんて、願っても無い展開となってしまった。
わずか30分ほどの合わせ練習であったが、森先生の指揮にクインテットも乗ってくる。しかし、バッハのカンタータではテンポが合わず、少し苦労する。森先生も、まさか弦楽の指揮までする予定はなかった!
ハレルヤコーラスはパラント氏の指揮で練習。総勢100名を超える合唱となり、教会中にハーモニーが響き渡る。できるだけ日独の団員が入り混じるよう、並べ替えをする。
合同演奏はハレルヤコーラスだけの予定であったが、バッハのカンタータも練習しているようであり、「この曲も一緒に歌いませんか」との提案に、それではと快くOKしてくれる。結局、カンタータとハレルヤコーラスが大合唱になることとなった。
午後5時前までの練習を終え、教会の外に出ると、周りは聖ニコラウスのクリスマスマーケットが賑わっていた。こんな大掛かりな遊具まで設営されており、子どもたちが楽しそうに乗っていた。
ホテルは夕食ができないため、教会の前のレストランで。ホテルから歩いて5分くらいの距離だが、この晩は賑やかなクリスマスマーケットを巡りながら到着。ドイツの一般的な家庭料理を沢山準備して下さったが、日本人の感覚と異なる量の多さで、本当に申し訳なく思いながら食べきれない人もいた。
食事のあと、明日の本番に備えて「はるかな友に」を合唱。本当にどこでもよく歌うものである。

1999年 12月 5日(日)

いよいよ演奏会本番の朝を迎える。目覚めたときにはこのように青空が見えていたが、途中で少し雨もぱらつく天気となった。
今回も聖ニコラウスの日曜ミサに参加。ソプラノはホテルの部屋で30分ほど声出しをしてから教会へ。9時から練習の予定で少し早く出発したが、ドアが開いておらず、出店のテントで風を除ける。
祭壇の上で練習。朝日がステンドガラスを通して射し込み、パイプオルガンを照らし出す。我々が練習しているあいだに、ミサの飾り付けが進んでいく。
午前10時からのミサに参列。祭壇の一番奥、左右に分かれて着席する。ミサの一番重要な儀式に、「Locus iste」と「Ave verm corpus」を歌う。
前回はミサの後で演奏を披露したが、今回はミサの中に組み込んで歌わせていただき、感激のきわみである。
ミサが始まっても参列席の前方、3分の1くらいが空席となっており、なにか淋しいと思っていたら、我々が演奏を始める前に祭壇下の地下室から沢山の子どもたちが入場して着席し、またたくまに席は一杯になった。そんなにも沢山の子どもたちが1時間近くも静かに待機していたのは驚きである。
ブラウヴァイラーは小さな町であるが、ミサに集まる人たちをみていると、本当に日常生活に教会、信仰が密着していることを感じる。また、子どもたちも当然のようにミサに参加しており、退屈して騒ぐようなことはない。押し付けられていやいや参加すると言うことは、この子達にはみられなかった。



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