伊野混第1回ドイツ演奏旅行の記録−5

更新 : 2002 年 12 月 25 日


1994−12−5

演奏会の開演。
会場は満員の盛況。同行していたカメラクルーにはフラッシュ撮影禁止と言われていたが、観衆の多くが写真を撮ってくれるため、その後は気にせず撮影できたとのこと。
控え室・楽屋はなく、祭壇の左右が我々の待機場所。舞台のうえ、後方で聴く形になる。
「さくら」「荒城の月」にあわせて踊りを披露。
現地の新聞に、1,000年に及ぶ教会の歴史の中で、日本の世俗曲が歌われたのはもちろんだが、着物姿で舞い踊ったのも始めてである、と報じられた。
演奏会のあと、ブラウヴァイラーの男声合唱団が保有するクラブハウスで交歓会が開かれた。
日本から「土佐のフラフ」を持参し、クラブハウスのなかに飾り付けた。
喜んではいただけたが、そんなに日本色を出さなくても、音楽・合唱を通じて十分交流できた。
アブタイコールの団長の挨拶で交歓会がスタート。相原さんの通訳で楽しく会話がはずむ。
女声団員は着物を持参し、英語と身振り手振りで会話が始まる。
こんなときになると、ドイツ語は無理としても、もう少し英語を勉強しておれば良かったと痛感する。でも、言いたいことは大体わかってくれる。
こいのぼりにあわせ、よさこい節を歌う。
ドイツ人のパフォーマンスに負けてはならじと、黒田節を熱演。
クリスマスの期間は、いわゆる宗教曲、祝典歌しか演奏されないとのことだが、こういう場ではポピュラーな愛唱歌を歌ってくれた。
体格からして違いがあるが、ろうろうと男声が歌うと周囲を圧倒する。本当に音楽が身体に合っているように感じる。
お土産に持参した和紙の法被も好評を博した。
全員が腕を組んでの合唱。楽しいひと時が名残惜しい。その後、アルコールを飲んでいない(!)団員の車でそれぞれホテルまで送っていただく。
1994−12−6

早朝のアブタイホテル
今日はもう帰国である。
バラント氏の息子さん・ステファン氏も見送りにきてくれる。
思い出やお土産の一杯詰まったスーツケースを並べて空港へのバスを待つ。
4日間滞在したブラウヴァイラーの町並み。教会がひときわ高くそびえる。




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